So-net無料ブログ作成
検索選択

村木厚子 冤罪事件なぜ検事に仕組まれた?現在は何してる?夫や子供は? [社会]





このページは新しいサイトに移転しました。



村木厚子氏冤罪事件で逮捕された「郵政不正事件」。村木氏の逮捕容疑は「虚偽有印公文書作成」。なぜ検事は仕組んだのか現在と夫や子供は?

●村木厚子 冤罪事件なぜ検事に仕組まれた?
2004年、東京にあった障害者団体を名乗る、「凛の会」の中でこんな会話が交わされた。
「ダイレクトメールを会報に同封すればたった8円で出せる。」
凛の会・会長はこの儲け話にのった。
郵便法では、障害者団体のための割引制度がある。
通常、一通120円かかる定期刊行物も、この制度を使えば僅か8円で出せるのだ。
凛の会はこの制度を悪用し、ダイレクトメールを送りたい企業に声をかけ
120円かかるものを8円で送り、その差額と広告費で多額の利益を得ようと考えた。
不正に得た利益はおよそ211億円にものぼっていた。

2009年6月14日、村木厚子氏の逮捕容疑は、「虚偽有印公文書作成」など実体のない障害者団体「凛の会」に郵便割引制度の適用団体と認める偽の証明書を発行するよう部下に指示したというもの。

だがこれらは、大阪地検特捜部の検事が村木厚子氏に罪を被せるため、強引な誘導によって供述調書を作成していたことが判明。
村木厚子氏は犯人扱いで164日間の拘置所暮らし。巨大権力である検察特捜部との厳しい闘いを強いられることに。

大阪地検に着くと、とんでもない聴取が待ち受けていた。
この取り調べは村木厚子氏が指示した事件であると決めつけられていた。
そして村木厚子氏に「容疑を認めたら帰す」と検事は伝えた。
しかし村木は否認を続けた。
そのとき村木厚子氏は東京へ帰るつもりでいた新幹線のチケットも取り上げられてしまいます。

村木が入れられたのは広さ2畳半ほどの24時間カメラで監視される独房だった。それも自殺防止のための通称カメラ房。

なぜ自分には何の心当たりもないのに逮捕されたのか?
職員や係長は一体、取り調べで何をしゃべっているのだろうか?
村木厚子氏の心には疑念が湧きあがったという。
翌日、大阪地検特捜部が厚労省に家宅捜索。
家宅捜索は自宅マンションにも及んだ。

調書はあくまで検察側が想定したストーリーに当てはめながら、それに合う言葉を拾った。「会った記憶はない」と言っても、「会ったことはない」と調書では断定し、ニュアンスも変えられた。

大阪地検特捜部が郵便不正事件を捜査する過程で、小泉純一郎元首相の秘書官・飯島勲氏の名前が浮上していました。そこで大阪地検特捜部は飯島氏の調書を取り、逮捕までこぎつけたかったが、ウラが取れなかった。大阪地検にとっては面目丸つぶれとなってしまった。

そして、次に石井一議員の名前が浮上してきましたが、石井議員の口利きも立件できない。村木厚子氏とともに逮捕された上司の塩田幸雄部長も証明書のことは知らないという。
そこで結局、大阪地検特捜部は村木厚子氏しかないということで黒幕に仕組んでいった。

●●冤罪事件の国家賠償金を寄付!
しかしながら、事件の担当検察官で主任検事の前田恒彦氏が、証拠品のフロッピーディスクの文書の更新日時を書き換えたとして逮捕。前田氏の上司2人も犯人隠避罪に問われた。
結局裁判では、村木氏の共謀を裏付ける関係者の供述調書が検察官の強引な誘導によって作成されたものであったとの証言が相次ぎ、大阪地裁は村木厚子氏に無罪判決を下した。

その後村木厚子氏は、「捜査の真相を明らかにしたい」と国家賠償訴訟で勝訴し、賠償金は約3770万円。この賠償金、弁護士費用を除く全額(約3000万円)を長崎、障害者支援に寄付ということに。

●●そのとき木村厚子氏の夫や子供は?
村木厚子氏が大阪で逮捕されたとき、夫は海外出張中。子供は2人おり、会社員の長女は勤務中で、自宅には高校生だった次女がいた。

このとき村木氏が母親として真っ先に気にかけたのは、ふたりの娘のことだが、逮捕されたときは検事の目を盗んで、とりあえず夫に「た、たいほ」と携帯でメールしたという。

村木厚子氏の夫は労働省入省同期の村木太郎氏。あとは夫が万全なことをしてくれるだろうと、最初の心配は消えたと淡々として語る。
そして拘留中は弁護士から娘たちの手書きのメッセージと写真を見せられたとき、またひとつ心配がなくなったとか。

起訴後、接見禁止が解け手紙を受け取ることも出すこともできるようになっていく。
結婚して30年・・・。夫との初めての文通。文通はいつの間にか100回を超えていた。

●●村木厚子氏の今現在は?
その後、村木厚子氏は2013年7月から2015年9月まで厚生労働事務次官を務め、2015年10月1日付で退任します。
その後と今現在どうされているかかが気になるところですよね。

2016年から伊藤忠商事社外取締役と大阪大学男女協働推進センター招へい教授を務められているんです。
今年2017年の4月からは津田塾大学に新設された総合政策学科の客員教授。
また、2017年から読売の大手小町(OTEKOMACHI)のお悩み相談のアドバイザーにも。お悩みの受付は2017年4月3日からです。はじまったばかりです。
その他に、講演会なども行われています。

「あきらめない―働くあなたに贈る真実のメッセージ」や『私は負けない 「郵便不正事件」はこうして作られた』という本を出版されています。


●村木厚子プロフィール

名前   村木厚子(むらきあつこ)旧姓・西村
生年月日 1955年12月28日
出身地  高知県
出身高校 土佐高等学校
出身大学 高知大学文理学部経済学科

厚生労働事務次官にまでなられているので、言わずもがなの東大出身かと思いきや違っていたんですね。
まさか地方の国立大の高知大だったなんて驚きました。

出身高校からもわかりますが、もともと優秀でまた努力家というか勉強家だったのではないかと思います。
高知大学から国家公務員上級試験に合格したのは村木厚子さんただ1人なんていう情報もありますからね。
なぜ高知大から旧労働省へ入る道を選択されたかというと、父親が関係しているようです。お父さんが社会保険労務士をされていたので、このことがきっかけのようです。

●●犯人の主任検事の前田恒彦氏
●村木厚子 冤罪事件なぜ検事に仕組まれた? まとめ 無理な取り調べで今も冤罪は仕組まれているかもしれません。奇しくも冤罪と見直されて村木厚子氏は解放たのは稀なことかも・・・。と考えると怖い話です。
スポンサードリンク

コメント(0)  トラックバック(0) 

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。