So-net無料ブログ作成
検索選択

稀勢の里 強行出場 動画 優勝に騒然!? 遠くなる我が子に寂しさ?? [スポーツ]





このページは新しいサイトに移転しました。
新しいサイトに自動的にジャンプします。



稀勢の里の強行出場は優勝(動画)でも騒然となりました。遠くなる我が子にエールを送るご両親。稀勢の里に家族が送る伝統国技への使命感。
内科薬大臣杯.jpg
●稀勢の里が強行出場で優勝「見えない力を感じた15日間」





引用 http://sumououen.com/33.html
ケガで痛む!? 顔をしかめる稀勢の里、重すぎた総理大臣杯!




引用 http://www.sankei.com/photo/story/news/170326/sty1...
優勝決定戦で照ノ富士を小手投げで下し逆転優勝を果たした稀勢の里

13日目に左肩付近を痛めながら強行出場して見事、優勝した新横綱稀勢の里。逆転での2場所連続優勝を果たしました。新横綱での優勝は貴乃花(95年初場所)以来、約22年ぶりで、大鵬、隆の里を含めて4人目の快挙。表彰式では「君が代斉唱」の段階から人目をはばかることなく涙した横綱稀勢の里。
優勝インタビューでは「本当にこの応援と支えてくれた人たちのおかげ」と大声援に感謝した稀勢の里。涙についても聞かれたが「今回は泣かないと決めていたのですが・・」と先場所に続いての男泣き。会場でもテレビの前でも同じく感動してもらい泣きした人はたくさんいたでしょう。素直に「おめでとうございます」と言えました。


引用 http://www.sankei.com/life/news/170214/lif17021400...



左上腕には青紫色のあざが広がっており、相撲を取るのも難しいと考えられていたが、照ノ富士に奇跡の連勝。土俵へ向かう心境を「気持ちだけぶつけようと思った」と振り返り、「自分の力以上のものが出た。あきらめないで最後まで力を出して良かったです」と語ってくれました。
小学校の教科書に載せたいくらいの言葉でした。
横綱になると土俵入りをはじめ、これまでと異なる点が多くある。「今までの相撲人生の15年とは違う15日間。横綱の土俵入りも初めてやって今は疲れた。見えない力をとても感じた15日間だった」と本音を漏らしていました。


引用 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170326-000002...



初場所で初優勝を果たした際には、確信に変えたいという趣旨の発言をしていたが、「今日の千秋楽は見えない力がはたらいたので、確信とはいかないけど、またこれを確信に変えられるよう稽古をしていい相撲を皆さんに見せられるよう頑張る」と謙虚に語り、会場から暖かい拍手に包まれていました。
今は何をしたいですかと記者に質問されると「しっかり治して5月場所に元気な姿を見せられるように明日から治療し、稽古をしたい」と来場所への闘志を直向きに表現してくれました。
今、終わったばかりなのに「また稽古したい」と、国技への責任感が横綱稀勢の里には増すばかりのようでした。

●●稀勢の里関の母親の出身は?
横綱稀勢の里の母親(裕美子さん)は「のっぺ汁」で有名な新潟市出身。
母親の裕美子さんは新潟市江南区(旧亀田町)が故郷。毎年正月に新横綱の大好物という新潟の郷土料理「のっぺ」を作り、稀勢の里関を土俵へと送り続けてきた。横綱に昇進したときは、悲願を達成した息子の晴れ姿に「夢みたいです」と声を震わせていた。
記者会見で横綱稀勢の里が「頑丈な体、けがをしない体をつくってくれてうれしい」と両親への感謝を口にするなど「のっぺ」に込められていたのかも。
子どもの頃から好き嫌いなく何でもよく食べたという横綱稀勢の里が、特に好んだ「おふくろの味」が「のっぺ」でした。具材はサトイモ、ニンジン、サケ、イクラ、かまぼこなど10種類は入れていたという母親・裕美子さん。


引用 http://www.n-shirone.com/kamojiru/noppeijiru.htm



茨城県龍ケ崎市の長山中学校を卒業後、15歳で角界入りしてから、毎年正月の帰省に合わせて腕を振るった。「家に帰っても2時間くらいしかいない。相撲の話はせず、のっぺを夢中で食べて帰る。私は『また頑張ってね』と送り出しました」と当時を振り返る。
新潟の味が口に合うのか、新潟で巡業があると「おいしい物がいっぱい食べられる」と喜んでいたという。

今思えば、この頃はまだ、母親裕美子さんの範疇にあった我が子稀勢の里。しかし、横綱に昇進し、新横綱での逆転優勝という見事な演出に相撲ファンは横綱稀勢の里を母親・裕美子さんから遠ざけてしまいました。


引用 http://sports.geocities.jp/mykeloz2002/09nen/09010...



先場所千秋楽に続き、2度目の優勝の瞬間も稀勢の里の両親は立ち会っていました。茨城県牛久市の自宅を午前2時に出発。知人らと車に乗り、大阪には9時間後の同11時に会場に到着した。茶店で母親は番付星取り表(650円)を購入しようとしたとき、横綱稀勢の里が会場入りするところでした。そのとき、母子は目と目が合った。


引用 https://www.daily.co.jp/general/2017/01/22/0009850...



そして最後の稀勢の里優勝(息子)の勇姿を見た瞬間、母・裕美子さんは「近寄りがたい存在になった。私一人が独り占めするという訳にはいかなくなりました」と嬉しさと寂しさで号泣したという。
30歳で相撲界の頂点に立ち、日本中の注目を浴びる息子に「長く皆さんに愛されるような横綱になってもらいたい」と優しくエールを送った新横綱誕生の母親・裕美子さんでした。

●●稀勢の里の父親?
13日目の日馬富士戦で左肩付近を負傷し、もん絶する姿をテレビで見た時は「あれだけ痛がったのは初めて見た。絶句して声が出ませんでした」という。新横綱一色に染まる館内を見渡し「お客さんの後押しが大きい」と出場を選択した理由を察した。


引用 http://00koyukimaru.blog65.fc2.com/blog-entry-3851...



何もできずに敗れた14日目の鶴竜戦を思えば、怪力・照ノ富士有利が大方の予想だったが、父・貞彦さんの見立ては違った。「予感はありました。(星)2つ取れると」。なぜならば「目標を見定めて達成するまで頑張るタイプ」だから。エースで4番の少年野球時代も「何で負けたのか自分で突き詰めて練習していた」という。それだけに「気持ちで勝った。それに尽きる。(鶴竜に負けて)反省したんじゃないかな」と語り、「いい演出したんじゃないですか」と息子の頑張りに照れ笑った。

●●●父親の貞彦さんが息子稀勢の里に寄せた手記
『現在の閉塞(へいそく)した時代、日本人としての気概に乏しくなった時代に伝統文化、様式美を具現化した相撲は、相撲を通じて礼儀、作法、道徳などの日本の良さを見直し、知らしめるという義務使命があるのではないでしょうか。』
『また、上に上り詰めたときは自分もしくは家族のためということから手を離れて、国家のため日本の伝統文化に気概を持って伝承しなければなりません。』

●●●母親の裕美子さんが息子稀勢の里に寄せた手記
『英才教育といわれそうですが、決してそうではありません。私たちの生き方、過ごし方がそうでありますから特に気を使ったわけではありません。


引用 https://newsjouhousaishin.inupolice.com/%E3%82%B9%...



けがをしない身体をほめていただくことがありますが、特別な料理をつくっていたわけではないのえす。好き嫌いがなく、手がかからない子供でした。こだわったのは旬の食材をつかうこと。とくにトマトや、夫が畑でつくったサツマイモを食べさせました。とても食いしん坊だったので、おやつはよくおにぎりを出していたように思います。』
『これからも、相撲界の長い歴史、伝統文化を守り受け継ぎ伝承しなければなりません。そのために自分を捨て、死にものぐるいで今までの精進以上に精進しなければなりません。大変な役回りではありますが、日本のために頑張ってください。』

●●稀勢の里のご家族は?

引用 http://happy56.jp/3465.html



父親の萩原貞彦さん(71)、母親の祐美子さん(61)、そして1つ年上の姉、央恵(ひさえ)さんの4人家族です。ごく普通の家庭ですが、一人ひとりが考え方が独立していて自分の責任を果たしている暖かい家族ということがわかります。愛情溢れている家族ですね。

●稀勢の里 強行出場 動画 優勝に騒然!? まとめ

引用 https://twitter.com/ichiro_sumo/status/58394947280...



よく相撲ファンに言われていました。前理事長の北の湖さんに稀勢の里は似ているといわれてました。写真からみてよく似ていると思います。相撲に対する取り組み方や考え方も似ているのではとも思います。前理事長の襟を直してあげている稀勢の里に・・・稀勢の里は理事長まで??とふと過りました。

 

スポンサードリンク

コメント(0)  トラックバック(0) 

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0