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中村紘子さん自宅療養も家族愛ついに天国へ!最後の言葉を残して!! [芸能]

世界的ピアニスト、中村紘子(本名・福田紘子=ふくだ・ひろこ)さんが26日に大腸がんのためお亡くなりに(享年72歳)。
自宅療養での闘病の経緯などを「明るい笑顔」で語っていた中村紘子さんでしたが・・・。
中村紘子さん自宅療養のときの様子と家族構成や最後となった言葉をお伝えします。

東京世田谷等々力での自宅療養でしたが、家族は4人。
父 野村典夫(陸軍少佐)
母 中村曜子(銀座の画廊・月光荘の経営に参画。ソ連美術を扱い成功)
夫 庄司薫(『赤頭巾ちゃん気をつけて』芥川賞を受賞した小説家)
子供さんはいらっしゃいませんでした。


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中村紘子さんの経歴
1944年7月25日山梨県東山梨郡塩山町(現・甲州市)生まれ。
3歳半からピアノを習い、1965年のショパン国際ピアノコンクールで、日本人として10年ぶり2目の入賞者として広く知られている。
日本人として初めての全額奨学金を獲得してロジーナ・レヴィーンに師事。

2年前に大腸がん(ステージ2)を告げられ、自宅療養生活で大腸がんとの闘いが始まります。
民間療法で、食事療法、ラジウム岩盤浴療法などいろいろ試したそうですが、完治にはいたらなかったのです。

中村紘子さんを心配する家族の進めもあり、がん研有明病院の主治医の治療を受けることに。
「抗がん剤治療をしなさい。あなたが私の身内だったとしてもそう言います」
と言われ、覚悟して再び抗がん剤治療に挑んだのですが・・・。

 
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自宅闘病の間も午前、午後、1日5〜7時間の自宅ピアノ練習は欠かさなかったという。
中村紘子さんが『結果』という表現で、解りやすく説明してくれてます。

「ピアニストはね、一種の『万年受験生』みたいなものなんです。
今日、最高な名演奏ができたとしても、それを1週間後に再現できるかどうかはわかりません。
1週間も弾かなければ、すぐに筋肉がダメになりますから。

演奏の舞台はいわば『結果』。毎日の自宅練習の結果なんです。
そうやって私は『今日より明日のほうがいいに決まってる!』という気持ちで弾いてきました。
何事も同じです。『今日はイヤなことがあった』と感じても、『明日のほうがいいに決まってる』と思えばいい。
真面目に努力すれば、明日はいいことがあると信じる。だから楽天的なのかも」

<まとめ>
中村紘子さんの最後の言葉が伝わりました。
素晴らしいメロディーは後世まで残るでしょう。
安らかにお眠りください。合掌。

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